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Taishi Nobukuni / Designer


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移動します。

今後こちらに移動します。
より頻繁にアップしますのでどうぞ宜しくお願い致します。
| - | 01:25 | comments(0) | trackbacks(0) |
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| - | 21:23 | comments(0) | trackbacks(0) |
for a night in Autmn

| - | 23:33 | comments(0) | trackbacks(0) |
PHILOMINA



TSUTAYAのカテゴリーで
私的にあったらいいのにと思うのは母というカテゴリー。
この"あなたを抱きしめる日まで"(原題Philomina。ってそのままでいいのにね)というのは名優ジュディ=デンチの母親役もありスモークに並んでベスト3に入る。
もう一本はチェンジリングかグッバイモロッコかな?
僕は何故かスティーブクーガンが好きでこれも彼目当てで借りたのに観賞したのは期せずして母の七回忌法要の本日だったのは不思議だ。







































| - | 22:20 | comments(0) | trackbacks(0) |
6tunes7cities

tumblr_inline_mkpb1qAxww1qz4rgp.jpg
短編小説3作目を発表しました。
是非kindleで御高覧を!
今回初めて妙齢の女性を主人公に書きました。
これで次回はミジンコの青春の苦悩でもなんでも書けそうです。
写真はイメージです。








































































































| - | 20:50 | comments(0) | trackbacks(0) |
6tunes7cities

tumblr_inline_mkpb1qAxww1qz4rgp.jpg
短編小説3作目を発表しました。
是非kindleで御高覧を!
今回初めて妙齢の女性を主人公に書きました。
これで次回はミジンコの青春の苦悩でもなんでも書けそうです。
写真はイメージです。








































































































| - | 20:50 | comments(0) | trackbacks(0) |
ジレンマ

昨日のヨガスクールでの僕の話は、
観察者が観察対象の一部であるジレンマ。

にも関わらず自分はおいといて神目線で語る習慣または言語構造的欠陥についてです。
今朝の様々な方の投稿で二例目にしました。
一つは自然の一部でありながら自然を操作しようとするジレンマ。
または人間は地球のガンだと地球に住む人間として語る矛盾。
あともう一つの例は自ら消費社会の一部でありながら抽象的消費者像を抽出して操作しようとするマーケティング理論です。
皆マーケティングを超えた想像超えた物が欲しく、それはむしろ個人的で主体的な欲求からしか生まれないと思います。

人間はこのようにあらゆるものを抽象的イメージに集約してあたかも字のごとく存在すると思うという病理に生きています。

そのイメージの一番厄介なものが"私"という独立した抽象的概念です。
| - | 10:51 | comments(0) | trackbacks(0) |
哲学の集い



9・23渋谷の東京ヨガで哲学トークします。

アマゾンの原住民ピダハン族は我々と異なる時間意識をもつ特殊な言語で話します。

異なるというか時間にしばられない概念的たががの影響を受けない純粋意識に近いシンプルな時空で。

ぞれはヨガでいうチッタブリッティニローダ(マインドの死滅)に近いという私見から

時間感覚と意識のありようについてお話したいと思います。


僕がとくに興味をひかれたピダハン語の特徴とは文節の”   “構造。
例えば”あの日あいつが”(あいつが)旅に出る"と言ったという風に
ひとつの客観的事実を了承しない、というか存在しないということです。

これはダイレクトパスというフランスや英国に存在する教師達の系譜において、”観照の崩壊”と呼ばれる洞察で、つまり彼等は極めて高度な智慧をもつ原住民だと言えるでしょう。










































































| - | 13:53 | comments(0) | trackbacks(0) |
to be or not to be







セレクトショップの店員の方等でファッションを学んで級が上がるような学校的感覚というか


極端にいうとメンズ2段アメカジ3級みたいな志向というか真面目さを感じるときがある。


自分も10代で働き出したときそのような感がなくもなかった。





しかしそれはファッションが学び装うという動詞だからであるが





僕にとってハートの深くからのファッションとは動詞ではなくbe動詞であえる。


I do-.ではなくI amなのだ。





その人”そのもの”だからそうなることができず始まりもなく終わりもなく完成された存在でありそれはその人らしいということだ。


またその人らしくある方法は存在しえず方法を越えているから真の存在なのだ。





そのように抽象的だが唯一具体的に体型にまつわる事としては





あくまで私見だがその人らしい人とはどこか重心が臍より下に落ちついいていて地面と繋がっている。


逆に頭で考えているひとはどこか重心が胸の方に上ずり頭がヒートした逆三角形なエネルギーの状態である。


最近のセリーヌの秋物のヴィジュアルの女性のスラウチスタイル(ほとんどヤンキーの立ち方)は安定したシルエットが女性にそのようなある種アンドロジナスな個性を与えている。


友達でもそんな雰囲気を持つ魅力的な人を僕は知っている。





修正しようのない有り様こそ個性でありそれは時間を越えているので学べない。

らしく在れ

BE!






































| - | 17:15 | comments(0) | trackbacks(0) |
K E H A I


“(あなたの)気配を感じる”ってのを英語にするとfeel your breathかな?とググると-on my shoulderとか実際のフィジカルな表現だと知る。

日本だと離れていても感じるニュアンスでそれがメタフィジカルな存在感の意味であっても、本当に相手の吐息を感じるような感性が日本人にあると思う。

気配の気はlifeforceの気なんだろけど空気のようにありありと感じる心。

あうんで心を読むとはlifeforceをlifeforceに重ねたときに可能になる。
Check
| - | 09:20 | comments(0) | trackbacks(0) |

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